きもの美 Hiro
2010年09月03日(Fri) 04時28分
メキシコのユカタン半島に位置する一帯 Riviera Maya にあるリゾートホテルに宿泊していました。
カリブ海のコバルトブルーってこういう色なのだなって思うほど美しい海でした。自然界の色の変化はグラデーションの美しさをより深くしているようでした。
着る場面がないかもしれないけど、今年仕立てた浴衣を持ってきていました。
一週間ほど同じホテルに滞在していました。ホテルのレストランのドレスコードは "カジュアルフォーマル" と記されていて、こうしたドレスコードは逆に難しさを感じてしまいます。
カジュアルでもフォーマルでもいけない、そして普段仕事するときや日常着の服はリゾートでは最も合わない。
リゾートホテルに長期滞在することに馴れているヨーロッパやアメリカ人の方たちの着こなしの上手さは、「さすがだな」って、いつも思います。
洋服も尽きてきたので、思い切って浴衣を着てみました。正確にはドレスコードのカジュアルフォーマルには相当しませんが、リゾートホテルということで勝手に自分を大目に見ました。
カリブ海のリゾートホテルでは浴衣が似合いそうにないところですが、着てみると夕涼みには良い感じに思いました。(浴衣を着て写真を撮ると一気に日本の旅館にいる感じですが・・・)
浴衣は着心地が楽で、涼しくて、レストランのエアコンがききすぎているところでも適度に過ごせて、実は世界共通、夏の気候に万能ではないのかと大袈裟にも思ってしまいました。
ホテルの従業員の人が浴衣姿の私に声をかけてきました。
私の滞在しているリベラヤマヤのとなりのエリアであるカンクンという街は、とても人気のあるリゾートホテルがいっぱい建っています。
ホテルの従業員の方は、そちらのカンクンのリゾートホテルで和装で結婚式を挙げているのを見たことがあると話してくれました。
カリブ海で着物で結婚式というのも素適な場面であったのだろうなって思いました。
浴衣を着ただけで、宿泊客の方たちに声をかけられました。
「so beautiful」、「Kimono!」などなど・・・
「Kimono!」と声をかけてくれた方に、「これは浴衣です」と私が説明すると、「I know(知っている)」と言ってくれた淑女もいました。
今回宿泊したホテルには、Sushi Bar(鮨カウンター)がありました。海外に出ると、Sushi(鮨)が世界に知られていることに驚きます。
日本の文化は凄いなって思いました。
カリブ海の海風が吹いてくるバーで浴衣で夕涼みもいいですね。
カリブ海のコバルトブルーってこういう色なのだなって思うほど美しい海でした。自然界の色の変化はグラデーションの美しさをより深くしているようでした。
着る場面がないかもしれないけど、今年仕立てた浴衣を持ってきていました。
一週間ほど同じホテルに滞在していました。ホテルのレストランのドレスコードは "カジュアルフォーマル" と記されていて、こうしたドレスコードは逆に難しさを感じてしまいます。
カジュアルでもフォーマルでもいけない、そして普段仕事するときや日常着の服はリゾートでは最も合わない。
リゾートホテルに長期滞在することに馴れているヨーロッパやアメリカ人の方たちの着こなしの上手さは、「さすがだな」って、いつも思います。
洋服も尽きてきたので、思い切って浴衣を着てみました。正確にはドレスコードのカジュアルフォーマルには相当しませんが、リゾートホテルということで勝手に自分を大目に見ました。
カリブ海のリゾートホテルでは浴衣が似合いそうにないところですが、着てみると夕涼みには良い感じに思いました。(浴衣を着て写真を撮ると一気に日本の旅館にいる感じですが・・・)
浴衣は着心地が楽で、涼しくて、レストランのエアコンがききすぎているところでも適度に過ごせて、実は世界共通、夏の気候に万能ではないのかと大袈裟にも思ってしまいました。
ホテルの従業員の人が浴衣姿の私に声をかけてきました。
私の滞在しているリベラヤマヤのとなりのエリアであるカンクンという街は、とても人気のあるリゾートホテルがいっぱい建っています。
ホテルの従業員の方は、そちらのカンクンのリゾートホテルで和装で結婚式を挙げているのを見たことがあると話してくれました。
カリブ海で着物で結婚式というのも素適な場面であったのだろうなって思いました。
浴衣を着ただけで、宿泊客の方たちに声をかけられました。
「so beautiful」、「Kimono!」などなど・・・
「Kimono!」と声をかけてくれた方に、「これは浴衣です」と私が説明すると、「I know(知っている)」と言ってくれた淑女もいました。
今回宿泊したホテルには、Sushi Bar(鮨カウンター)がありました。海外に出ると、Sushi(鮨)が世界に知られていることに驚きます。
日本の文化は凄いなって思いました。
カリブ海の海風が吹いてくるバーで浴衣で夕涼みもいいですね。
2010年09月03日(Fri) 04時28分
メキシコのユカタン半島に位置する一帯 Riviera Maya にあるリゾートホテルに宿泊していました。
カリブ海のコバルトブルーってこういう色なのだなって思うほど美しい海でした。自然界の色の変化はグラデーションの美しさをより深くしているようでした。
着る場面がないかもしれないけど、今年仕立てた浴衣を持ってきていました。
一週間ほど同じホテルに滞在していました。ホテルのレストランのドレスコードは "カジュアルフォーマル" と記されていて、こうしたドレスコードは逆に難しさを感じてしまいます。
カジュアルでもフォーマルでもいけない、そして普段仕事するときや日常着の服はリゾートでは最も合わない。
リゾートホテルに長期滞在することに馴れているヨーロッパやアメリカ人の方たちの着こなしの上手さは、「さすがだな」って、いつも思います。
洋服も尽きてきたので、思い切って浴衣を着てみました。正確にはドレスコードのカジュアルフォーマルには相当しませんが、リゾートホテルということで勝手に自分を大目に見ました。
カリブ海のリゾートホテルでは浴衣が似合いそうにないところですが、着てみると夕涼みには良い感じに思いました。(浴衣を着て写真を撮ると一気に日本の旅館にいる感じですが・・・)
浴衣は着心地が楽で、涼しくて、レストランのエアコンがききすぎているところでも適度に過ごせて、実は世界共通、夏の気候に万能ではないのかと大袈裟にも思ってしまいました。
ホテルの従業員の人が浴衣姿の私に声をかけてきました。
私の滞在しているリベラヤマヤのとなりのエリアであるカンクンという街は、とても人気のあるリゾートホテルがいっぱい建っています。
ホテルの従業員の方は、そちらのカンクンのリゾートホテルで和装で結婚式を挙げているのを見たことがあると話してくれました。
カリブ海で着物で結婚式というのも素適な場面であったのだろうなって思いました。
浴衣を着ただけで、宿泊客の方たちに声をかけられました。
「so beautiful」、「Kimono!」などなど・・・
「Kimono!」と声をかけてくれた方に、「これは浴衣です」と私が説明すると、「I know(知っている)」と言ってくれた淑女もいました。
今回宿泊したホテルには、Sushi Bar(鮨カウンター)がありました。海外に出ると、Sushi(鮨)が世界に知られていることに驚きます。
日本の文化は凄いなって思いました。
カリブ海の海風が吹いてくるバーで浴衣で夕涼みもいいですね。
カリブ海のコバルトブルーってこういう色なのだなって思うほど美しい海でした。自然界の色の変化はグラデーションの美しさをより深くしているようでした。
着る場面がないかもしれないけど、今年仕立てた浴衣を持ってきていました。
一週間ほど同じホテルに滞在していました。ホテルのレストランのドレスコードは "カジュアルフォーマル" と記されていて、こうしたドレスコードは逆に難しさを感じてしまいます。
カジュアルでもフォーマルでもいけない、そして普段仕事するときや日常着の服はリゾートでは最も合わない。
リゾートホテルに長期滞在することに馴れているヨーロッパやアメリカ人の方たちの着こなしの上手さは、「さすがだな」って、いつも思います。
洋服も尽きてきたので、思い切って浴衣を着てみました。正確にはドレスコードのカジュアルフォーマルには相当しませんが、リゾートホテルということで勝手に自分を大目に見ました。
カリブ海のリゾートホテルでは浴衣が似合いそうにないところですが、着てみると夕涼みには良い感じに思いました。(浴衣を着て写真を撮ると一気に日本の旅館にいる感じですが・・・)
浴衣は着心地が楽で、涼しくて、レストランのエアコンがききすぎているところでも適度に過ごせて、実は世界共通、夏の気候に万能ではないのかと大袈裟にも思ってしまいました。
ホテルの従業員の人が浴衣姿の私に声をかけてきました。
私の滞在しているリベラヤマヤのとなりのエリアであるカンクンという街は、とても人気のあるリゾートホテルがいっぱい建っています。
ホテルの従業員の方は、そちらのカンクンのリゾートホテルで和装で結婚式を挙げているのを見たことがあると話してくれました。
カリブ海で着物で結婚式というのも素適な場面であったのだろうなって思いました。
浴衣を着ただけで、宿泊客の方たちに声をかけられました。
「so beautiful」、「Kimono!」などなど・・・
「Kimono!」と声をかけてくれた方に、「これは浴衣です」と私が説明すると、「I know(知っている)」と言ってくれた淑女もいました。
今回宿泊したホテルには、Sushi Bar(鮨カウンター)がありました。海外に出ると、Sushi(鮨)が世界に知られていることに驚きます。
日本の文化は凄いなって思いました。
カリブ海の海風が吹いてくるバーで浴衣で夕涼みもいいですね。
2010年08月01日(Sun) 07時41分
日本からの便りで、昨日、隅田川の花火大会があったことを知りました。
私は東京出身ということもあり、馴染みのある花火大会です。親の友人の家から見えたので、大人たちは2階の部屋で宴会、子どもたちは1階の屋根に座って見ていました。今から思うと随分危険な見方をしていたのだと思います。
花火大会と言えば、浴衣ですね。
現代的な大柄の中形と区別して「小紋中形」とも表現されています。
この写真の浴衣にしても、柄が細かいですね。
私が読んだ本に書かれている長板藍染めには4つの工程がありました。
「型付け」長板の上に貼った白生地に型紙をのせ、防染糊をつけていく。同じ柄を表裏ぴちっと合わせて型付けします。
「下染め」豆汁を刷毛塗りして、藍がうまく染まるように生地を整えます。
「藍染め」染めたあとに風を切ります(風切り)。
「水元」布地をいたわり水洗いします。外の干し場に生地を伸ばして、最後の風切りです。
第三の工程の藍染めでは、風を切れないと染めムラが残るのだそうです。熟練の技で風は切られていくのです。
本には、藍染め一筋に生きた野口謹一郎さんの素適な言葉がありました。
「染める者の側からすれば、こまかい模様があるより、地を見せるのがむつかしい。ほんの少しの濃淡の染めムラでも目立つ」
模様を美しく際立たせるのは「地」の見せ方によるのですね。なぜか利休百首にある「右の手を扱う時は我が心 左の方にありと知るべし・・・」を思い出しました。
極めた人の言葉にはいつも、共通するような感性を受けることがあります。メインでない、見られていないようなところこそ、その物を表わされていることがあったりして、難しく、心をおかなくてはいけない・・・。
「藍は生きています」
私は幾度となくこの言葉に出会いました。
野口さんの仕事を知って、まさに藍は生きているのだと実感し、そして、その藍染めの浴衣との付き合い方も分ってきたように思います。
「まず一年は着ないでねかせておいてほしいんです。」と、野口さんは言います。
そうすれば藍が枯れ、生地にくい込んで、色うつりを多少防げるのだそうです。
「昔は客の方でよく知ってて、来年の分を今年もとめたもんです」
来年の浴衣を買っておく。急かしい時世の中で、なんとも贅沢なお話しだと思いました。
本藍染めは、「着れば着るほど味が出る、洗えば洗うほど藍の青がきれいな色になっていく」と言われています。
私も、長く付き合える浴衣に今年出会えたのだと思いました。
先日、日本橋にある浴衣の問屋「三勝」を営んでいる天野様が、ニューヨークに遊びに来ていました。ご一緒にお茶をいたしました。短い時間でしたが、とても楽しい時間でした。
「三勝」は長板中形の人間国宝 清水幸太郎の技を継承しております。
webページを是非ご覧ください。
http://sankatsu-zome.com/
私は東京出身ということもあり、馴染みのある花火大会です。親の友人の家から見えたので、大人たちは2階の部屋で宴会、子どもたちは1階の屋根に座って見ていました。今から思うと随分危険な見方をしていたのだと思います。
花火大会と言えば、浴衣ですね。
浴衣と言えば長板。昔々は、長板と言えば浴衣のことを指しました。
今年、長板の古い反物を仕立てました。
写真がその浴衣です。両面を同じ模様に染められていることから、昔からの伝統技法でつくられた長板であることが分ります。
伝統的な江戸前の長板中形は、柄が細かく、小紋のような美しさを持っていて、「藍染めの江戸小紋」と形容されました。現代的な大柄の中形と区別して「小紋中形」とも表現されています。
この写真の浴衣にしても、柄が細かいですね。
私が読んだ本に書かれている長板藍染めには4つの工程がありました。
「型付け」長板の上に貼った白生地に型紙をのせ、防染糊をつけていく。同じ柄を表裏ぴちっと合わせて型付けします。
「下染め」豆汁を刷毛塗りして、藍がうまく染まるように生地を整えます。
「藍染め」染めたあとに風を切ります(風切り)。
「水元」布地をいたわり水洗いします。外の干し場に生地を伸ばして、最後の風切りです。
第三の工程の藍染めでは、風を切れないと染めムラが残るのだそうです。熟練の技で風は切られていくのです。
本には、藍染め一筋に生きた野口謹一郎さんの素適な言葉がありました。
「染める者の側からすれば、こまかい模様があるより、地を見せるのがむつかしい。ほんの少しの濃淡の染めムラでも目立つ」
模様を美しく際立たせるのは「地」の見せ方によるのですね。なぜか利休百首にある「右の手を扱う時は我が心 左の方にありと知るべし・・・」を思い出しました。
極めた人の言葉にはいつも、共通するような感性を受けることがあります。メインでない、見られていないようなところこそ、その物を表わされていることがあったりして、難しく、心をおかなくてはいけない・・・。
「藍は生きています」
私は幾度となくこの言葉に出会いました。
野口さんの仕事を知って、まさに藍は生きているのだと実感し、そして、その藍染めの浴衣との付き合い方も分ってきたように思います。
「まず一年は着ないでねかせておいてほしいんです。」と、野口さんは言います。
そうすれば藍が枯れ、生地にくい込んで、色うつりを多少防げるのだそうです。
「昔は客の方でよく知ってて、来年の分を今年もとめたもんです」
来年の浴衣を買っておく。急かしい時世の中で、なんとも贅沢なお話しだと思いました。
本藍染めは、「着れば着るほど味が出る、洗えば洗うほど藍の青がきれいな色になっていく」と言われています。
私も、長く付き合える浴衣に今年出会えたのだと思いました。
先日、日本橋にある浴衣の問屋「三勝」を営んでいる天野様が、ニューヨークに遊びに来ていました。ご一緒にお茶をいたしました。短い時間でしたが、とても楽しい時間でした。
「三勝」は長板中形の人間国宝 清水幸太郎の技を継承しております。
webページを是非ご覧ください。
http://sankatsu-zome.com/
2010年06月29日(Tue) 01時17分
ロータリークラブウォールストリートで着物のスピーチをしました。スピーチをしたのは、6/16で、もう、10日以上も経つのですね。
その6/16は、150年前、日本から遣米使節団がニューヨークに初めて来た節目の150年を記念する日でした。その日を、ブルンバーグニューヨーク市長が日本の日として、エンパイヤの灯りが日本の国旗に彩られました。
そんな記念すべき日に、ニューヨークのロータリークラブウォールストリートで着物のスピーチをする機会に恵まれ、偶然のこととは言え、大変光栄に思いました。
先週、クラブから記念の盾が贈られてきました。黄金の色の箱に入っていて、箱を開いたら丁寧に紙に包んでありました(写真)。そして、手紙もそえられていました。
スピーチ当日は、いつもとは違った指向とのことで、会場にワインにチーズと言う組合わせが置かれるとのことでしたが、それに加えて、会場に巻き寿司と日本のビールもおいてくれました。会場は小さなところでしたが、満席で立ち見が出るほどにスピーチを聞きにお越しになってくれました。
スピーチ内容は、着物の歴史・変遷、今の着物の現状と、着物産業の問題点、今後への課題と、私が世界へと向けて着物をNYから発信していきたいと思った理由。47枚のスライドでお話しさせていただきました。
今回、このようなスピーチをする機会に原稿をつくり、着物は世界へと発信していくべきだと強く思いました。でも、同時にそこには大変に難しい大きな壁があることも痛感しました。
英語での30分近いスピーチは大変でしたが、スピーチが終わった時に拍手をいただき、その後にもいろいろ質問をいただき皆様の関心が深まったこと、着物の素晴らしさや気持ちが伝わったことが何よりも嬉しかったです。
次世代へと継げる物が作り続けられるように、世界を巻き込まないといけないと思っています。一人では何も出来ないことですが、でも、はじめの一歩がないと何も始まらないとも思いました。
ロータリークラブウォールストリートにはクラブに所属している現地アメリカで活躍している方たちがお越しになってくれました。アメリカ人からヨーロッパ、アフリカの方たち多くいました。そして、その中に一人日本人の方がいて(その方が今回の件をお声をかけてくれました)私のスピーチに、「着物の歴史がこんなに深いとは思わなかった、もっと着物のことを知りたいと思いました」と、お手紙をいただきました。
反響は思うほどには直ぐには表れるものでもありませんが、大きな一歩を踏み出したと思います。
そして、会場の皆様の反応に、着物は、世界のファッションとしても発信できる無限の可能性を秘めていると確信しました。
その6/16は、150年前、日本から遣米使節団がニューヨークに初めて来た節目の150年を記念する日でした。その日を、ブルンバーグニューヨーク市長が日本の日として、エンパイヤの灯りが日本の国旗に彩られました。
そんな記念すべき日に、ニューヨークのロータリークラブウォールストリートで着物のスピーチをする機会に恵まれ、偶然のこととは言え、大変光栄に思いました。
先週、クラブから記念の盾が贈られてきました。黄金の色の箱に入っていて、箱を開いたら丁寧に紙に包んでありました(写真)。そして、手紙もそえられていました。
スピーチ当日は、いつもとは違った指向とのことで、会場にワインにチーズと言う組合わせが置かれるとのことでしたが、それに加えて、会場に巻き寿司と日本のビールもおいてくれました。会場は小さなところでしたが、満席で立ち見が出るほどにスピーチを聞きにお越しになってくれました。
スピーチ内容は、着物の歴史・変遷、今の着物の現状と、着物産業の問題点、今後への課題と、私が世界へと向けて着物をNYから発信していきたいと思った理由。47枚のスライドでお話しさせていただきました。
今回、このようなスピーチをする機会に原稿をつくり、着物は世界へと発信していくべきだと強く思いました。でも、同時にそこには大変に難しい大きな壁があることも痛感しました。
英語での30分近いスピーチは大変でしたが、スピーチが終わった時に拍手をいただき、その後にもいろいろ質問をいただき皆様の関心が深まったこと、着物の素晴らしさや気持ちが伝わったことが何よりも嬉しかったです。
次世代へと継げる物が作り続けられるように、世界を巻き込まないといけないと思っています。一人では何も出来ないことですが、でも、はじめの一歩がないと何も始まらないとも思いました。
ロータリークラブウォールストリートにはクラブに所属している現地アメリカで活躍している方たちがお越しになってくれました。アメリカ人からヨーロッパ、アフリカの方たち多くいました。そして、その中に一人日本人の方がいて(その方が今回の件をお声をかけてくれました)私のスピーチに、「着物の歴史がこんなに深いとは思わなかった、もっと着物のことを知りたいと思いました」と、お手紙をいただきました。
反響は思うほどには直ぐには表れるものでもありませんが、大きな一歩を踏み出したと思います。
そして、会場の皆様の反応に、着物は、世界のファッションとしても発信できる無限の可能性を秘めていると確信しました。
2010年06月08日(Tue) 11時20分
そこで、150年前に遣米使節団の77人のサムライがニューヨークを行進したとのことで、それを再現するパレードが行われました。
サムライパレードは、正使・副使・目付のメインの3人を先頭に、鍋島藩大名行列推進委員会の野中理事長が率いる50名のサムライがセントラルパークを練り歩くと言うものでした。
時代考証では、ニューヨークシティーミュージーアムに保管されている資料のコピーですが、見させていただく機会に恵まれました。
150年前のお侍さんは、とても派手な袴を着ていました。そして、身分が高い人ほど、白い衿と白い雪駄・・・3人の正使・副使・目付は、やはり白色でした。
写真は、ニューヨークシティーミュージーアムで資料閲覧させてくれたKathleenさんとご一緒に。Kathleenさんありがとうございました。
今回、鍋島藩大名行列推進委員会の野中理事長が率いる50名のサムライの着付けを担当してくれたのが、私の着付け教室の生徒さんたち7名です。
6/6、Japan Day当日、雨の予報にもかかわらず、晴天でした。
私の着付け教室に通ってくれている、美容師の泉水さんが、私が担当する正使・副使・目付のヘアセットをしてくれました。そして、私のアシスタントとして、着付け教室の生徒さんの一人が当日大変に助けてくれました。
アシスタントをしてくれた生徒さんが「袴が派手なのですね」と言うので、そこがポイントであることもお話をしました。
今回のお侍さんの着付けでのポイント、武士の決まりである刀を2本差しするため、角帯は3回りすること、そして、今馴染みである白黒のストライプの袴は、150年前にはそうした決まりの柄が着用されることはなく、とても柄や色彩豊かな派手な袴を着ていたこと。そして、中級~下級武士は、脚絆(黒色)を着用していたのですが、高い位の武士は、白の鼻緒の雪駄、白衿でした。
しかし、今では刀を2本差しすることが想定されていないのか・・・角帯が3回り出来ませんでした。それとも、帯の長さは変わらないけど、昔の人が痩せていたのかなって思いました。
もっといろいろ考察ポイントを上げたいのですが、それは改めて詳しく書こうと思います。
生徒様たちとご一緒出来たイベント、本当に楽しかったです。
当日の50名のサムライパレードの着付けをしている様子です。
50名のサムライパレードを担当してくれた7名の生徒さんたち
当日アシスタントして、私を助けてくれた生徒さんです。西宮大使が足袋をはくところの写真です。
こちらの本が大変に参考になりました。当時の御三方の凛々しさ、NYの地で再現出来たこと、嬉しかったです。
ご協力してくださいました生徒さんたちお疲れ様でした。心からありがとうございました。
ご一緒出来て、とても楽しかったです。






