きもの美 Hiro | ニューヨーク

きもの美 Hiro
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2009年03月01日(Sun) 11時27分









ニューヨークで着付け教室をしていますが、生徒さまの中にニューヨークに住むカナダ出身の人がお稽古にいらっしゃっています。その彼女は、とても舞妓と芸妓に興味があると言っていました。
日本に留学したことがあり、京都の祇園で舞妓を見かけて、その美しさに感動したことを話してくれました。
私は、東京出身なので、舞妓を半玉と呼んでいました。着物の着付けも髪の結いも少々の違いはあるそうです。その違いはさておき、向島で実際に見た半玉の美しさはやはり心に刻まれるものでした。
着付け教室のホームページには私に問い合わせするフォームがあるのですが、西海岸から内陸のシカゴ、そして東海岸まで、アメリカ現地の人からも仕事に関する問い合わせとは別に、純粋に「芸者に興味がある」と言う問い合わせが今まで数件寄せられています。
向島などで実際に半玉、芸者に触れる機会はありましたが、海外の人に「説明」をしてみようとするとなかなか言葉が出てこないものですね。そこで、このような本「A Geisha’s Journey」を購入いたしました。
そして、早速、私の着付け教室にお稽古に来ているカナダ出身の生徒さまに見せてみたら、大笑いされて「持っています」と言われてしまいました。
海外の人たちは日本の一つの文化として、このような美しい舞妓・半玉の世界を本を通し味わっているのですね。
そして、もう一つの本「KIMONO Fashioning Culture」は、純粋に「着物の文化」を紹介している本です。こちらは、花柳界のような華々しい世界だけに焦点をあてたのとは別で、十二単から日常着まで時代別に万遍なく「着物」についての内容が書かれていますが、実は、こちらの本も彼女は「持っています」とのことでした。
海外にいる着物に興味を持っている人たちの必読本なのかしら?と思いつつ、海外の人が解釈を求めている「着物」の世界が垣間見れたような感じです。
2009年03月01日(Sun) 11時27分

伊勢型紙がニューヨークの家に送られてきました。
写真にある型紙の菊唐草文様は、伊勢白子町の型屋、山中孫三郎の墨書きがあります(明治20年ぐらいの作品)。京都室町の染め屋さんから出たものだそうです。
もう一つ細やかな絣文様(着物図案、こちらは作った人の名前は入っていません)光に当ててみると細かい文様がキラキラとしていて、星が雨のように降ってくるような感じがしました。

菊唐草は中形ですが、伊勢型紙と言えば、江戸小紋。
小紋というからには、大紋があったそうです。
武士の裃から発達し、江戸中期、武士たちの間で「細やかさ」でお洒落を競い合ったそうです。江戸町人も、この素晴らしい小紋型を武士だけのものにしてしまうほどお人よしでもなく、江戸に集まった職人に生活用具(手ぬぐいとか)染めるため彫らせたりして、着物の枠を超えて日常も小紋型に彩られていきました。
遊女や芸者が小紋型染の地味な着物に、下着は赤い蹴出しを少し見せるように着こなして色香をだしたりと、まさに江戸小紋は合わせるものによっての「生かすも生かさぬも」の世界、人のセンスを映し出す着物だと思います。
日本の美意識ってこういうところにあるのではないのかなって・・・。
中谷比佐子さんが「日本の染織」の本で江戸小紋について素敵なことを書いていました。
「自分を生かすということは、他も共に生かすことになり、すべてが生々とすることによって、よりくっきりと自分自身を映えるものです。」

この型紙の向こう側、
着物の袖を通した人たちが、合わせるものさえ目を行き届かせながらサラリと着こなし、日常を送っている姿がなんだか目に浮かんで、江戸小紋の面白さはやはりつきないなって思いました。
2009年03月01日(Sun) 11時27分
結城紬は、冬が似合いますね。

繭を真綿に加工し指先で糸につむぎ出した紬織物、素朴な表情ながらも絹のきらびやかさを内に秘めています。
でも、正直、はじめ見たときは、「絹」のイメージからは遠いものでした。
「結城紬は万葉集にも出てくる」と聞いたことがあります。人間国宝シリーズ43という本の「結城紬」の年表には「紀元前656年」からはじまっていて、その長い歴史に驚きです。

茨城県に旅行で行った折に、結城紬の産地の結城市に寄り「奥順 つむぎの館」で染め織体験してきたことがありました。絞り染めが体験できるお部屋に入ると、染料の原料になるタンニンをいっぱい含んだ草木からの匂いは、少々強烈な「悪臭?」と言った感じがたちこめていました。そんな印象の「臭い」が布に何度も何度も浸してはギュウギュウ染みこませていくと「大雨の後に木からモワーと香ってくるような」そんな感じの匂いの印象が変わっていきました。矢車附子(やしゃぶし)という染料植物の一つで染めていきました。
私が染めたTシャツが黒灰色に染まっていくと染めの作業を指導してくれている先生が「良い矢車色になったね」と言ってくださいました。
矢車(やしゃ)という色は私がいくつか調べた本の中からは色の表現としては見当たりませんでしたが、「矢車色」って、かっこいい響きだなって思いました。
矢車附子にアルカリ水を加えると黄色味に紫がかった感じになったりするそうです。またアルカリ水を加えなければ艶っぽい黒と灰色の間の色合いになります。なんだか、化学の実験室みたいですね。昔は「アルカリ水」の代わりに石灰をいれていたそうです。確かに、石灰を水に入れるとアルカリ水になります。

「化学式が用意されていたわけでもないのに昔の人はよくこんなことが思いつくなぁ」と思いつつ、自然と風土を汲みながら文化が発達していって風土の一部分が着物という形に現れていったように思います。「伝統」は守るだけのものでもなく、その土地への適応力というか、常に発展性ある可能性を秘めている世界なのかもしれないなって思いました。それが紬という着物のように、人の生活の中に馴染んだり、美しく見えたりしていくものなのですね。
不思議なのですが、ニューヨークの冬は特に寒いので、後染めの着物より「紬に包まれたい」そんな衝動が起きます。「紡ぐ」という言葉だけでなんだか温かな印象です。
2009年03月01日(Sun) 11時27分
日本で茶道を習っていたのですが、ニューヨークにも茶道教室があるので通わせていただいています。
先日、私が通う茶道教室で初釜の茶会がありました。
桃色から藤色にかかったような色合いの色無地で伺いました。
なぜ、茶会と言えば色無地なのでしょう?
色無地について次のように書いてあるサイトがありました。
「江戸時代末期、庄屋で働いている女の子は、庄屋の主人のお供などであらたまった時には必ず紋付きの色無地を着ていました。大正時代には紋付きの色無地が礼装とされ、戦後になって教育制度の普及にともない、入学・卒業式に参加する母親が増え、次第に色無地の着用が目立ち始めました。」
江戸時代の末期のあらたまった時に必ず着る色無地は、今現在の就職活動する女子学生が黒か紺のスーツを着て面接に行く姿と重なりました。
でも、ここはニューヨーク、いろんな着物を着た方たちが「初釜」の茶会にいらっしゃっていました。黒留袖の五つ紋から紅型の小紋、多彩でした。
私は日本にいたときの感覚のまま色無地に染め抜き一ツ紋で行きましたが、初釜なのだから晴れやかな着物を次の機会には選びたいなって思いました。
初釜に着ていった色無地の着物は、私がはじめて一人で呉服屋さんに行って買った着物なので、染めの色を選び、紋を白く抜いてもらうことをお願いしたり、仕立てをしていただくのに寸法を測っていただいたりしました。この着物を見ると、その時の呉服屋さんで少し緊張していた自分の心が今でもフット現れます。呉服屋さんへの一歩を踏み出した時から茶会に出席する心の準備をしていたのかもしれないのですね。この着物を着ると「さあ、茶会に行こう」と心が引き締まります。とても凛とした好きな感覚です。
2009年03月01日(Sun) 11時27分
ニューヨークで着物の着付け教室や出張着付けの仕事をしていますが、男の人にも着物を楽しんでもらいたくて「男のきもの着付け教室」を開いてみました。とは言っても直ぐには生徒さんが来るとは思っていませんでした。でも、開いて一ヶ月もたたないときに、とても素敵なアメリカ人の紳士がお稽古に毎週日曜日に通ってくださいました。
浴衣を着て兵児帯で蝶結びを教えると、彼はサラリと結わいてしまい、一緒に稽古を受けている私の夫はもたついてばかり・・・
長着を着て、角帯での貝の口、片ばさみ、浪人結び、神田結びと次々習得し、角帯で一文字を作って袴を着るのも、そして紋付羽織袴まで自分一人で着られるようになりました。
先日の日曜日が最後のお稽古、その時に彼から可愛い着物姿が作れる折り紙セットをいただきました。

箱を開けると折り紙が入っていて、とても懐かしいような感覚を得て胸がいっぱいになりました。実際には折り紙をして遊んだ記憶はありませんが、東京の谷中に「いせ辰」と言う千代紙のお店があって、近所に住んでいたので日常の中に千代紙は当たり前にあった風景の一つでした。まだニューヨークに引越しをしてきて1年たっていないのですが、折り紙を見たら東京下町の谷中の街並みを思い出してしまって・・・、それでとても懐かしい気持ちでいっぱいになったのですね。

彼にプレゼントのお礼にお茶を一服さしあげました。その時に出した御菓子は、京都の下鴨北山通にある京橘というお店の「二つ橘」という可愛いお干菓子です。
着付けのお稽古は一通りを終えましたが、これからも着方を復習に時々は顔をだしてくれると言ってくれました。
彼はアメリカで日本酒のコンサルタントをしています。
http://www.urbansake.com/

彼に「ブログに書いてもいいですか?」と、たずねたら、喜んでくれて「ブログをアップするのを楽しみにしています」と言ってくれました。英語バージョンのブログも作成しているので、このブログを早く訳してアップしようと思います。http://www.kimonohiro.com/blog-eng.html


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